京都農販日誌

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稲作と酸化還元電位

2023/05/22

土の酸化還元電位を下げると栽培中の作物が病気になりにくいという話題を時々見聞きすると思います。

この話を聞いて、実際にどうすれば良いのか?と迷うこともあるでしょうし、そもそも酸化還元電位とは何か?と思う事もあるかと思います。


栽培を行う上で、酸化還元電位は施肥した肥料の形が変化し、想定したような肥効を示さないといったこともありますし、予想外の肥効を示すこともあります。

今回は栽培における酸化還元電位について見ていきます。


酸化還元電位という用語からわかるように、物質の酸化と還元というものが重要になってきます。

ただ、酸化還元反応は電子の動きを見るといったとっつきにくい内容が飛び交いますので、理解が難しくなり嫌煙されることが多いです。

そこで極力酸化還元の反応を見ずに酸化還元電位で栽培者が把握しておくべきことを見ていきます。





酸化還元電位は稲作で見ていくとわかりやすいので、灌水した稲作で物の動きを見ていきます。



有機質肥料で米ぬかというものがあります。

一旦栽培の事は置いておいて、人が米ぬかを食べた時、真っ先に思いつくのが、炭水化物の摂取で、体内で消化されてカロリーとなり、活動のエネルギーとして使用されるといったところでしょうか。


上記の反応は有機質肥料として土壌に施肥した時に、土壌の微生物の餌として同様の反応が起こります。

ただし、人が米ぬかを食べた時と異なるのは、エネルギーの一部がこぼれ落ちて、水田の水に移動します。


この時の水に含まれたエネルギーが施肥した他の肥料に作用して形を変えます。



例えば、完熟牛糞に含まれる硝酸態窒素の硝酸ですが、有機物から得られたエネルギーに触れると、

硝酸 → 亜硝酸、一酸化二窒素、窒素ガスやアンモニア

に変化します。

一酸化二窒素や窒素ガスはその名の通りガス(気体)なので、作物の根が吸収する前に土からなくなっています。

※水稲の窒素肥料はアンモニア態窒素の尿素などを用いて、上記の問題を回避します。




それでは、有機質からこぼれ落ちたエネルギーは稲作時でどのようなものに影響するのでしょうか?

反応しやすい順に記載しますと、

  • 硝酸 → 亜硝酸、一酸化二窒素、窒素ガスやアンモニア
  • マンガン(Ⅳ) → マンガン(Ⅱ)
  • 鉄(Ⅲ) → 鉄(Ⅱ)
  • 硫酸 → 硫化水素
  • 二酸化炭素 → メタン

※参考:エッセンシャル土壌微生物学 作物生産のための基礎 - 講談社 98ページ

※上記の順番で硝酸の上に酸素があります。酸素がすべて消費されてから上の反応が開始します。

になります。


上記の内容で太字で示しました一酸化に窒素とメタンは強力な温室効果ガスだとされていまして、二酸化炭素に対して、一酸化二窒素は298倍、メタンは25倍の効果があるとされています。

温室効果ガス - Wikipedia


水田では、最初に硝酸が消費されつくしたら、次のマンガンを消費し、鉄、硫酸や二酸化炭素と反応が続いていきます。

亜硝酸や硫化水素は根痛みの原因になりますので、稲作において極力発生させないようにすることが大事になります。


今までの内容から、稲作で家畜糞を用いますと、環境負荷が大きく、ガス障害により秀品率の低下に繋がる可能性があります。

根痛みは農薬の散布回数を増やしたり、追肥をしなければならなくなり、利益率も下がってしまいます。

年々増える猛暑日対策として、中干し無しの稲作に注目しています


よく稲作のこだわった栽培として熟した家畜糞の施肥を謳っていることがありますが、酸化還元電位の観点から見ると逆効果になってしまうことがわかります。

家畜糞の施肥の際に運搬で燃料を使いますので、諸々の無駄を省く意味でも家畜糞ではない何かを謳い文句にすべきだと思います。




先程の反応順にマンガン(Ⅳ)や鉄(Ⅲ)という見慣れない表記がありました。

栽培では鉄(Ⅲ)の方がよく使われますので、鉄の方で話を進めていきます。



鉄(Ⅲ)は身近なところでいいますと錆びた鉄です。

錆びた鉄はよく酸化した鉄と言われる事が多く、土に含まれる鉄も上の写真のように酸化します。


この酸化した状態の鉄が、有機物からこぼれ落ちたエネルギーを得る事によって鉄(Ⅱ)の状態になります。

鉄(Ⅲ)が土のエネルギーを得て鉄(Ⅱ)になる反応を還元と呼びます。


今回見たような反応が酸化還元電位になります。

稲作の一発肥料で鉄配合のものをよく見かけますが、酸化した鉄を肥料に混ぜておく事で、根痛みの硫化水素の発生を抑える事ができます。




今回の内容を読んで、稲作で窒素分の肥料をどのように施肥すれば良いのか?という疑問を持たれた方もいるかと思います。

この疑問に対して興味深い研究報告がありますので紹介します。


鉄で土を肥やす!低窒素農業 | 広報誌『弥生』 | 東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部に記載されている内容ですが、鉄還元細菌という水田の微生物が有機物から得たエネルギーを用いて、鉄(Ⅲ)を還元して鉄(Ⅱ)にする際に空気中の窒素ガスからアンモニア態窒素に変わり、イネがこのアンモニア態窒素を利用するそうです。


興味深い事に鉄を散布することで、窒素肥料を60%減肥しても収量は維持されたそうです。

鉄(Ⅲ)の散布をしたことで、減肥をしつつ秀品率の低下の要因になる硫化水素の発生を抑え、農薬の使用量も減らす事ができる一石二鳥のような事が期待できます。




上記の内容では、潅水をして稲作を続けるといずれは鉄(Ⅲ)が消費され、二酸化炭素の還元が始まってしまうのではないか?と疑問に思う方もいるかもしれません。


メタンの発生を抑える為に



中干しを行い土が空気に触れる事で鉄(Ⅱ)から鉄(Ⅲ)に酸化して、再び潅水をすることが一般的ですが、田でも土作りを行い有機物(腐植)を蓄積させることで、腐植が土の急激な還元を抑えるという特性を利用する方法もあります。

※物理性の改善により、イネの根の発根を促進し、根経由で土へ酸素の供給量を増加させ、メタンガスの発生を抑える効果も期待できます。

このあたりの内容は年々増える猛暑日対策として、中干し無しの稲作に注目していますの記事で触れています。




今回は酸化還元電位の基礎となる酸化還元反応によって施肥した肥料の形が変わっていく事を見ました。

この酸化還元反応は光合成で重要な鉄やマンガンの吸収やリン酸の吸収に関与していきます。

効率的な施肥を行うには、酸化還元に意識を向けることが必要になります。


余談

今回触れました有機物からエネルギーは実際は電子(e)を用いて考えます。

酸化は分子から電子を失う事を指し、還元は分子が電子を得る事を指します。

有機物が酸化されることにより電子を失い、鉄(Ⅲ)が電子を得て還元されると鉄(Ⅱ)になります。

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