京都農販日誌
生育状況の確認と発根促進に関すること
2019/06/07
作物が順調に育っているか?
これから収穫まで苦戦しないか?という指標として、
可能であれば一本引かせていただいて、作物の発根状態を確認している。
土作りの指標の一つとして、
発根、特に側根(単子葉であれば不定根)の発根量と根の色を見ている。
発根量が多ければ本当に栽培に良いのか?の証拠はないけれども、一般的に発根量が多く根が綺麗な白であれば秀品率が高くなるという感覚はあるはず。
現に全体的に発根量が増えた畑では、他の畑と比較して、虫による食害や病気の被害が格段に減り、被害の減少からの防除回数も下がる。
発根量が増えることによって、光合成や耐性に関わる微量要素の吸収が向上し、結果として秀品率が向上するはずだ。
旬でも無い時期に地域平均の1/10の使用量に減った事例もある。
というわけで、昨年よりも発根量が増えた ≒ 土壌環境が良い方向に向かっているということを判断材料としている。
目標を絞れば、何をやるべきか?を決めやすくなるわけで、今回は発根量が増えることについて知っていることをまとめてみる。
発根が促進される要因として最初に思いつくのが、土作りの要素である物理性と化学性が改善された土壌だろう。
排水性を持ちつつ、保水性を持てるようになったことで、作物は欲しい時期に水を根から吸収出来る状態でありながら、土の中にはふんだんな酸素があるため酸欠にならない。
このような土で作物は、根腐れせず、より深く根を伸ばすことが出来るようになる。
ここで一つ高校理科の話題に触れてみよう。
側根のといえば植物ホルモンのオーキシンが頭に浮かぶ。
オーキシンといえば、脇芽の発生を抑制して、側根の発生を促進することで有名である。
このオーキシンに関していくつかの小話を紹介する。
有機栽培で時々話題に挙がる米ぬかボカシ肥料というものがある。
米ぬかを酸素に触れさせない嫌気発酵をすることで、甘い香りを放つように熟成させた肥料で、熟成には乳酸菌が関与していると言われる。
この米ぬかボカシが作物の発根を促進するという報告がある。
乳酸菌が合成するフェニル乳酸が植物の発根を促進する。
眞木祐子 ぼかし肥料の発根促進作用における乳酸菌の働きについて - 雪印種苗株式会社
フェニル乳酸が植物ホルモンのオーキシンの合成に関与しているとか。
この時、微量要素の亜鉛も重要な役割を果たす。
根伸長促進物質 L-β-フェニル乳酸が水稲幼植物の生育に及ぼす影響 新大農研報,62(2):97-103,2010
ちなみにオーキシンはトリプトファンというアミノ酸を元に合成される。
オーキシンに関してもう一つ興味深い話がある。
図:植物の生育促進への利用に資する,枯草菌の転写応答機構の研究 30ページより引用
それは共生細菌である枯草菌(B. subtilis)が、植物から栄養をもらう代わりに細菌は植物にオーキシンを渡すという共生関係がある。
※みすず書房 これからの微生物学 マイクロバイオータからCRISPERへ 98ページより抜粋
上記のように植物と共生関係を結び、植物の生育が促進する細菌を植物生育促進根圏細菌(PGPR)と呼ぶ。
枯草菌は刈草から発見された細菌であるので、植物性の有機物がふんだんにある土壌では発根が促進される可能性がありそうだ。
発根促進の作用のある肥料として酵母エキス入りの肥料の話題が度々挙がる。
概要は下記のプレスリリースを読んでいただくとして、
ビール酵母細胞壁が植物の成長や免疫力を向上させるメカニズムを解明 | ニュースリリース | アサヒグループホールディングス
植物は根で酵母の細胞壁の断片であるβ-グルカンを吸収することをきっかけとして発根の発生が促進されたらしい。
これまたオーキシンの合成量が増えたことによって発根が促進されたらしい。
更にβ-グルカンを調べてみたところ、酵母に限らず糸状菌の細胞壁でもβ-グルカンが利用されているので、
クレジット:photolibrary
大型の糸状菌であるキノコや、キノコ栽培の廃培地にも同様の発根促進効果があるのでは?と期待している。
前に酸素供給剤を試した方から酸素供給剤を基肥に仕込んだ方が明らかに生育したという連絡があった。
先に酸素供給剤について触れておくと、酸素供給剤は過酸化石灰のことで、水に触れると、pHを上げつつ酸素を放出してくれるので、水に浸かりやすい畑で重宝する肥料を指す。
話は戻って生育の差があったと報告をくださった方の写真を見ると、
手前(写真左)が酸素供給剤を仕込んだ畝で、奥(写真右)が仕込んでいない畝となる。
生育確認の為に抜いてみると、
酸素供給剤を仕込んだ畝の方が発根量が多く、根の色も白かった。
今回の報告は実験室のような精密な環境での試験ではないので、酸素供給剤による生育促進は経験則として捉えておくことにする。
今までは発根の促進について見てきたけれども、これからは発根を抑制する要因について見ていく。
抑制する要因を栽培環境から除けば、発根量はより多くなるので抑制の要因を把握しておくことは大事。
はじめにオーキシンの合成を抑制する要因を探してみると、講談社から出版された新しい植物ホルモンの科学 第3版のサイトカイニンの章に植物は根の周辺に栄養塩、特に窒素系の塩が多いと、発根が抑制されるという報告が記載されていた。
聞き慣れない言葉が並んだけれども、
要は熟成された家畜糞堆肥でよく聞く硝酸態窒素というもの根の周辺にあると発根が抑制される
ということを意味している。
特に牛糞堆肥は土作りにとって良いという話が流れている為、反あたり1トンと多めに入れてしまう傾向があるけれども、それが発根促進と秀品率の向上の視点で見ると逆効果となる。
発根を抑制するもう一つの要因として、土壌中で活性アルミナが発生することにより根の伸長が停止するということがある。
土壌中にはアルミニウムを含む鉱物というものがあり、その鉱物をかなり詳細に見ると、
こんな感じのイラストで書かれることがある。
この鉱物に対して、
トラクタによる耕起や栽培中に使用する酸性度の高い肥料(即効性のある肥料)を使用し、次作で腐植質等の肥料で土作りをせずに栽培を続けると、
同型置換という現象によりアルミニウムが土壌中に放出される。
この放出されたアルミニウムを農学では活性アルミナと呼ぶらしく、活性アルミナを植物の根が触れるとアルミニウムの毒性により根の伸長が停止する。
松本英明 酸性土壌とアルミニウムストレス Root Research 12(4) :149-162(2003)
ここで再び熟成した家畜糞堆肥を見直すと、家畜糞堆肥でよく見聞きする硝酸態窒素は酸性度の高い肥料として扱われる為、活性アルミナの発生を促進する可能性がある。
※国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所/大地の五億年 せめぎあう土と生き物たちを参考にして予想した
活性アルミナが栽培に影響を与える程発生した土壌の指標として、
畑の真ん中あたりでスギナが旺盛に成長しているところでは、作物の根の成長は抑制されることが予想される。
以上で現時点でわかっている範囲の発根の促進と抑制に関することをまとめてみた。
最後に発根の促進に関して肥料で何が出来るか?を整理すると、腐植質の肥料を活用する前に腐植について整理しようの内容に従って、腐植質の肥料を土壌に定着させ、土壌の排水性を高めつつ、保水性を高め、発根のストレスを軽減するような環境にする。
発根しやすい環境を用意できたら、
アミノ酸肥料で発根に重要なオーキシンの合成の材料を作物に与える。
※オーキシンの元のトリプトファンの合成にグルタミンが必要
糸状菌や乳酸菌のくだりは
糸状菌であるキノコの培地由来のマッシュORGを信じるということで良いだろう。
発根に関与する各種微量要素は
粘土鉱物を毎作の栽培前に仕込むことによって改善する。
他に長期間土壌に留まってくれる酸素供給剤であるネオカルオキソも候補に入れておきたい。
栽培中の土壌中の微生物に関しては、微生物は難解なので、下記の記事の紹介までに留めておく。
時々緑肥を育てて、栽培環境のメンテナンスも忘れずに