京都農販日誌
食害性昆虫への防御と天敵の誘引について
2022/11/11
ダイコンやコマツナ等の同じ種の野菜を育てている畑で、
時々、1株のみ昆虫に食害されて葉が網目状になっているが、隣を含む周辺の株では葉に食害痕がほとんどないという状態を見かけます。
土が良い(土がふかふかで大雨の後でもすぐに水が引きつつ、保水性は高い)所では、
野菜の葉や根元でミイラになったイモムシを見かけることもあります。
植物が食害性昆虫に葉をかじられるといった物理的な傷害の後には傷害誘導全身抵抗性という防御を行いますが、興味深いことに周辺で食害を受けている株があると、まだ食害を受けていないにも関わらず、同様の防御を行い、食害性昆虫による被害がなくなるといったことがあります。
私が学生の頃は根と根が繋がっていて、隣同士の株が痛みの情報のやりとりをしているのでは?という話題がありましたが、最近は食害を受けた葉から痛みのメッセージの物質を放出し、隣の株がそのメッセージを受け取っているのでは?という話題をよく見かけるようになりました。
このメッセージのやりとりに付随して、食害を受けた株の葉から放出されたメッセージが、肉食昆虫を引き寄せて、食害性昆虫を捕食してもらうという話題もあります。
今回は食害性昆虫による食害を受けた葉から放出されるメッセージについて見ていくことにします。
新しい植物ホルモンの科学 第3版 - 講談社に食害性昆虫や病害性のカビに対する防御応答の植物ホルモンとして、ジャスモン酸とサリチル酸についての詳しい説明が記載されています。
植物体内でのジャスモン酸の働きを見てみると、
※図:豊田正嗣 グルタミン酸とカルシウムシグナルを介した傷害応答 植物の生長調節 Vol. 53, No. 2, 2018 図2を改変
食害された組織だけではなく様々な組織で食害性昆虫の防御反応を示すような物質(消化酵素の働きを止める等)を合成して食害性昆虫から身を守ります。
※関連記事:ジャスモン酸機能制御剤プロヒドロジャスモンの制虫剤としての開発研究 植物の生長調節 Vol. 55, No. 1, 2020
このジャスモン酸周りでは更に興味深いことがいくつかありまして、食害された箇所からメッセージとして放出され、周辺のメッセージを受け取った株が同様の防御反応を示すようになります。
他には食害性昆虫に食害されなくても、葉にグルタミンを投与したり、根圏で非病原性のカビ等と共生(誘導全身抵抗性)をしても同様の防御反応を示しました。
※大木理 植物病理学 第2版 東京化学同人 136ページより
※Trichoderma Species: Versatile Plant Symbionts Phytopathology Vol. 109, No. 1 January 2019
植物は葉を食害された時にいくつかの物質をブレンドして放出し、天敵を誘引するという報告もあります。
植物の香りで特定の天敵を誘引し、標的とした害虫の発生抑制に成功 -植物の香りを用いた新しい害虫防除法- | 京都大学
自身の耐性と天敵による食害性昆虫の個体数の減少を組み合わせることで、食害性昆虫からの被害を減らします。
※上記の話は主にアブラナ科のシロイヌナズナでの研究報告ですが、主要作物でも同様の反応があると仮定して話を進めます。
トマトの話題にはなりますが、葉から発せられる香りで興味深い話があります。
松井健二 植物の葉の香り化合物による生存戦略 日本農薬学会誌 44(2), 132‒140 (2019)で葉が損傷した時に放出される「みどりの香り」についての記載があります。
葉が損傷すると傷口からみどりの香りが放出し、周辺の植物が青葉アルコールを吸収すると防御反応等(天敵誘引も含む)を示すという報告があります。
興味深い話題として、ダイズを栽培している畑で、周辺のセイタカアワダチソウを刈り取って周辺に置いたところダイズの食害が減り、イソフラボンの量が増えたり、トマトが人工的に放出したみどりの香りを吸収したところ、蒸散量が増して高温耐性が増したという報告があります。
ダイズとセイタカアワダチソウの例でも分かる通り、みどりの香りは様々な植物が合成して放出する香りになり、全く異なる種が放出したみどりの香りを葉で吸収しても防御反応を示します。
この話題を応用すると、
通路に管理しやすい草のタネ(緑肥のマルチムギ等)を播いておき、ある程度の背丈になりましたら草刈り機で刈り倒します。
刈り倒す際に通路の草から大量のみどりの香りが放出され、畝の作物がみどりの香りを吸収して食害性昆虫等の抵抗性を向上するように刺激しますといったことが実現出来る可能性があります。
別の話題ですが、畑に草の根を張り巡らされた状態になりますので、大雨後の水はけの向上に繋がり、根の健康から蒸散周りのみどりの香りから得られる他の恩恵も強化されます。
ジャスモン酸から誘導される抵抗性(傷害誘導全身抵抗性)には注意すべき点があります。
植物の抵抗性の発現には食害性昆虫から食害を受けた際に発生するもの(傷害誘導全身抵抗性)と根圏で非病原性のカビと共生した際に発生するもの(誘導全身抵抗性)の他に病原性のカビ等の感染により発現する「全身獲得抵抗性」があります。
この抵抗性で厄介なことがありまして、食害性昆虫による食害と病原性のカビ等の感染による抵抗性が拮抗します。
拮抗するというのは食害性昆虫への防御を強くすれば、病原性のカビへの防御が疎かになり、病原性のカビへの防御を強くすれば、食害性昆虫への防御が弱くなるといったことを指します。
この問題に対して、好都合なことに土壌中のリン酸量と病原性のカビの振る舞いについてで触れた内容が役立ちそうです。
土壌中の病原性のカビは土のリン酸の量が多い場合は病原性になり、リン酸が少ない場合は非病原性になる傾向があります。
土のリン酸値を低く抑えることができれば、抵抗性を食害性昆虫への防御一点に絞ることが出来るようになります。
上記の内容を実現するに当たり、リン酸を豊富に含む家畜糞での土作りはすべきではないということになります。
作物が病原性のカビに感染され発病しないというのは、寄生されたカビに成長に必要な養分を盗られないということに繋がりまして、盗られなかった分の養分は食害性昆虫や空気中を漂う病原性のカビ等への防御へ回したり、品質の向上に繋げることができます。
有機農業や高品質の野菜を栽培する方から時々耳にする家畜糞での土作りは害虫を呼ぶというのは今回の話が背景にあるからなのかもしれません。