京都農販日誌
酸化還元電位から家畜糞による土作りを考える
2023/06/10
稲作と酸化還元電位や土作りをしているレンゲ米栽培の田の田植え前の土の様子の記事で酸化還元電位を意識する事で栽培にどのように影響を与えるのか?を見てきました。
上記の記事では稲作について触れていましたが、畑作の土作りについてを考える事ができます。
今回は畑作での酸化還元電位について触れていくことにします。
肥料の話で土の酸化還元電位を下げると栽培中の作物が病気になりにくいという話題を時々見聞きすると思います。
土作りをしているレンゲ米栽培の田の田植え前の土の様子までの記事で土の酸化還元電位を下げるのは、炭水化物等の有機物を分解した際に生じるエネルギーに因るものだと記載しました。
なので肥料で土の酸化還元電位を下げるには、
米ぬか等の炭水化物が豊富に含まれている有機肥料を施肥すれば良い事になります。
※米ぬかにはリン酸も豊富に含まれていて、栽培上の他の問題を起こす可能性がありますが、そのことについては今は触れません。
これらの内容を踏まえた上で今回の本題の家畜糞による土作りを考えてみます。
先に結論のような内容を記載しておきますと、水稲になりますが家畜糞による土作りを何年(10年程)も続けるとマンガンの慢性的な欠乏症に陥り収量に影響を与えるという報告があります。
※渡辺和彦著 作物の栄養整理最前線 ミネラルの働きと作物、人間の健康 - 農文協 48ページ
家畜糞による土作りは開始してから数年は右肩上がりで収量が増えますが、あるところを境に収量が激減するという事がありまして、今まで調子が良かったのに突然の不調に陥り、不調の原因で気候変動等を疑う方をよく見かけますが、慢性的な欠乏症により気候変動の悪影響を大きく受けたと捉えた方が良さそうです。
マンガンは微量要素で普段の栽培であまり意識する事はありませんが、光合成を行う上で重要な要素となります。
光合成は水と二酸化炭素から炭水化物を合成する生合成反応になりますが、細かく見ていくと水分子を分断してエネルギーを取り出し、炭水化物の基にエネルギーを貯蓄していく事で炭水化物を生合成する反応になります。
この反応において、マンガンは水からエネルギーを取り出す時に働く要素になり、慢性的な欠乏に陥ると株全体が不調になり秀品率や耐性が低下します。
家畜糞とマンガンの慢性的な欠乏症を酸化還元電位の観点から見てみることにしましょう。
最初に土壌中のマンガンについて触れておきます。
土壌中のマンガンには水に溶けやすい二価のマンガン(Mn2+)と水に溶けにくい(不溶性)二酸化マンガン(MnO2、Mn4+)があります。
マンガンは植物に限らず様々な生物にとって有用ではありますが、過剰症が出やすい要素でもあって、土壌中のマンガンは大半は不溶性の二酸化マンガンとして存在しています。
トマトの話題になりますが、トマトの根がマンガンを吸収する時、過酸化水素(H2O2)を発生させ、過酸化水素が非可給態マンガンを還元(Mn4+ → Mn2+)して可給態のマンガンに変えるという報告があります。
※土壌マンガンの可給態化と植物のマンガン吸収に対する過酸化水素の効果 - 日本土壌肥料学会講演要旨集 45巻(1999)
他植物のマンガンの吸収の仕組みもトマトと同じようなものと過程して話を進めます。
続いて、家畜糞について触れます。
一般的に熟成した家畜糞に含まれる成分の内の主は硝酸態窒素と言われます。
話は少し脱線しますが、硝酸態窒素の一種である硝石(硝酸カリウム)は強い酸化力を持ち、黒色火薬の原料として用いられています。
※硝石製造法の史学的調査と実験的検証に関する研究 ─わが国における 3 種の硝石製造法の比較─ - 薬史学雑誌 55(2),179-193(2020)
話は戻りまして、ここで稲作と酸化還元電位で記載しました酸化還元電位で反応しやすい順を再び挙げますと、下記のようになります。
- 硝酸 → 亜硝酸、一酸化二窒素、窒素ガスやアンモニア
- マンガン(Ⅳ) → マンガン(Ⅱ)
- 鉄(Ⅲ) → 鉄(Ⅱ)
- 硫酸 → 硫化水素
- 二酸化炭素 → メタン
※参考:エッセンシャル土壌微生物学 作物生産のための基礎 - 講談社 98ページ
※上記の順番で硝酸の上に酸素があります。酸素がすべて消費されてから上の反応が開始します。
土壌改良や基肥として、家畜糞を大量に施肥した場合、酸化しやすい硝酸が土壌中に大量に投入されることになります。
土壌中に硝酸が多い環境で植物がマンガンを吸収する時に過酸化水素を生成しマンガンを還元しようとしますが、先に土壌中に大量に存在する硝酸が優先的に還元されマンガンの還元がなかなか始まらない事になり、土壌中にマンガンがあるにも関わらず可給態マンガンができず吸収できない状況に陥ります。
この状況こそがマンガンの慢性的な欠乏になります。
マンガンは微量要素なので大した事がないと思いがちですが、植物にとって最も大事な光合成の勢いが落ちる為、以降の生育全てや免疫で悪影響を与えます。
上記の症状は家畜糞を使用し始めた事は発生せず、土に硝酸が徐々に蓄積し続け(ECが高い状態)、閾値を超えた時に一気に発生する事になりまして、この症状に陥ってしまったら畑を休ませる以外の解決の方法がありません。
マンガンの酸化還元に関してもう一つ興味深い話があります。
今までの説明だとマンガンは欠乏症になりやすいという要素のイメージがありますが、過剰症も起こりやすい要素だと考えられています。
殺菌剤などで土壌の微生物が死滅すると糖(エネルギーがたくさん含まれている)が土壌中に溶け出し、これらの糖が一斉に反応してマンガンの可給化が進みマンガン過剰症に陥ります。
マンガンの慢性的な欠乏症や急激な過剰症を回避するには土壌中に腐植が十分にあることが大事ですので、栽培の度に物理性の改善を行い続けるようにしましょう。
今回の内容で誤解の無いように補足説明しておきますと、牛糞等の家畜糞の使用が常に悪いわけではなく、家畜糞を堆肥として捉えず、有機物肥料に近い肥料として捉え、節度ある使用量に抑える事が大事です。
家畜糞には硝酸態窒素だけでなく、カリウムやリン酸といった有用な成分もたくさん含まれていますので、上手に使用すれば栽培状況の改善に繋がります。
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