京都農販日誌

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中干しの期間の延長を考える前に

2023/08/04


最近、稲作の中干し期間の延長についての話題をよく見聞きします。

J-クレジットにおいて「水稲栽培による中干し期間の延長」が新たな方法論として承認されました!:農林水産省


稲作は強力な温室効果ガスであるメタンの発生源になっていて、中干し期間を1週間程延長するとメタンの発生量を抑える事ができるので、中干しを長い間行った方を優遇するという内容になっています。


中干しの是非を考えるのは難しいですが、メタンの発生は稲作と酸化還元電位等の記事で触れている通り、栽培方法に因るものですので、メタン発生量のみを見て中干し期間を長くすると判断するのは不安を感じます。


中干し期間を長くすると、猛暑日でイネの障害が発生しやすく、出穂以降の追肥や農薬の使用回数が増え、薬剤の製造や散布で温室効果ガスの排出量の増加に繋がっていきます。

※中干し期間の猛暑日の高温で葉が黄化し、出穂等に悪影響を与える可能性があります。

猛暑日が続き、肥効が意図通りにならない時の対策について

異常高温に対応するため、水稲における水管理の徹底を呼びかけています - 新潟県ホームページ


稲作とメタンの発生を考える上で秋落ちについて触れると判断材料が増えますので、今回は秋落ちについて見ていきます。

後述しますが、秋落ちが発生する田を老朽化水田と呼びますが、老朽化水田ではメタンの発生量が多いとされていますので、極端な例として秋落ちを見ておくとメタンの発生の理解が進みます。





最初に秋落ちの定義について触れておきます。

秋落ちとは稲作において登熟期以降に急激に生育が衰え、収量が低下する現象を指します。

※上の写真は極端な例になり、実際は少量ながら収穫できたりします。


生育が全体的に不調になり、ごま葉枯病等が発生しやすくなります。

秋落ちの要因は鉄やマンガンといった微量要素の不足だと考えられています。


鉄やマンガンは土壌中に豊富に含まれている成分であるはずなのに、何故これらの要素が不足するのでしょうか?

この内容を考える上で、稲作と酸化還元電位が重要になってきますので、改めて見ていく事にしましょう。


稲作で田に水を張った状態で微生物等が有機物を分解すると下記の順で反応します。

  • 硝酸 → 亜硝酸、一酸化二窒素、窒素ガスやアンモニア
  • マンガン(Ⅳ) → マンガン(Ⅱ)
  • 鉄(Ⅲ) → 鉄(Ⅱ)
  • 硫酸 → 硫化水素
  • 二酸化炭素 → メタン

※参考:エッセンシャル土壌微生物学 作物生産のための基礎 - 講談社 98ページ

※念の為に触れておきますと、太字で表示されているものは強力な温室効果ガスになります。

※一酸化二窒素が二酸化炭素の298倍、メタンが二酸化炭素の25倍の温室効果(地球温暖化係数)があるとされています。


田に水を張り、還元状態(酸素が少ない環境)が続く地、硝酸 → マンガン → 鉄 → 硫酸の順で還元され、栽培中盤以降で硫化水素の発生の影響が大きくなります。



硫化水素の影響で有名なものは根腐れですが、もう一つ重要な事があります。

それが栽培中盤以降の鉄欠乏になります。


土には興味深い働きがありまして、硫化水素等の毒性の高い物質を無害化するというものがあります。

土壌中で硫化水素が発生すると、土壌中の鉄と反応して硫化鉄になります。

イネは硫化鉄を利用出来ませんので、鉄があっても鉄が利用出来ずに鉄欠乏になるというのが秋落ちの原因です。

※砂質土壌を水田にした場合は秋落ちは発生しやすいと言われています。




上記の内容を読むと、普段の栽培で硫酸系の肥料なんて使用した覚えはないと思うかもしれません。

実は硫酸系の肥料は意外なところに入っていて、意図しない形で使用してしまっている事が多いです。



一つ目はは一発肥料等に入っているBB肥料の硫黄コーティングです。

硫黄樹脂コーティングは自然に還りやすい環境負荷の少ないコーティングだと言われていますが残留性はあります。

すべての植物で硫黄の要求量が少ない事が残留性の要因になります。

ネギ作の間に行う稲作の効果を高めるには


もう一つはリン酸枯渇問題と代替肥料についての記事で触れているリン酸肥料の副成分として硫酸系の肥料が含まれています。


硫酸系の肥料の還元により硫化水素が発生しますが、



中干しをして強制的にガス交換をして硫化水素を抜くという手法が取られています。


硫化水素の発生を抑えれば、根腐れや鉄不足を回避して発根量を維持する事が出来、根から土壌に酸素を供給して根周辺の鉄が酸化され、間接的にメタンの発生の抑制に繋がります。




では、どのようにして田に水を張りつつ硫化水素の発生を抑えれば良いのでしょうか?

有効な手段として減肥があります。


水田は田に常に流入し続ける水によって、イネの生育に必要な養分を得る事ができる稀有な作物です。

田の保肥力を高め、川から得られる資源を有効活用すれば減肥は十分可能です。

年々増える猛暑日対策として、中干し無しの稲作に注目しています


減肥を行えば、意図しない硫酸系の肥料が混入する事が減りますので、硫化水素の発生源も減る事になります。



二つ目の方法は鉄剤を利用することです。

十分に酸化された鉄剤を利用すると、鉄が硫酸よりも前に還元される特性を利用して、硫酸の還元による硫化水素の発生を抑制する事に繋がります。


三つ目の方法は有機物の投入による土作りです。

※ただし、強力な温室効果ガスの発生源となる硝酸態窒素を豊富に含む家畜糞(硫酸も含む)の使用は除く


有機物の中には上記の酸化還元電位の鉄と硫酸の間に位置する物質が豊富に含まれていて、硫化水素の発生を抑えます。

  • 硝酸 → 亜硝酸、一酸化二窒素、窒素ガスやアンモニア
  • マンガン(Ⅳ) → マンガン(Ⅱ)
  • 鉄(Ⅲ) → 鉄(Ⅱ)
  • 有機物
  • 硫酸 → 硫化水素
  • 二酸化炭素 → メタン

※詳しくはエッセンシャル土壌微生物学 作物生産のための基礎 - 講談社の174ページをご覧ください。


二つ目と三つ目に共通して言える事として硫化水素の発生を抑えた場合は結果的にメタンの発生も抑える事に繋がります。


余談ですが、




化学合成肥料がまだなかった頃にヤシャブシの葉を肥料にしていたそうです。

ヤシャブシ - 森林総合研究所 九州支所


硫酸よりも酸化還元電位が高い(還元されやすい)ものに光合成に関与するものがあります。

ヤシャブシの葉が緑のまま肥料として利用するというのは、ガス発生の抑制の観点から理に適っているのかもしれません。




今回記載しました方法を採用すると、少しずつですが硫酸系の肥料が蓄積していき、いずれは土壌では硫化水素の発生源だらけになるという心配が生じるかと思います。



冬期に物理性の改善を狙った堆肥の施肥やレンゲ等の緑肥を採用して、硫酸を除去するのが有効であると考えています。




稲作は田に水を張り続ける事で有機物の蓄積に特化した栽培になっています。

メタンの発生を気にして灌水の期間を短くするといった事を考えても良いですが、二酸化炭素を圧縮した光合成産物の有機物を蓄積できる事を活用しないのは勿体ないと思います。




余談ですが、硫化水素の発生を放置すると、作物にとって有効な鉄が減り、



土の弾力がなくなった老朽化水田という状態になります。

老朽化水田になった田で何も対策をせずに田植えを続けると、ほぼ確実に秋落ちが発生します。


老朽化水田では硫化水素の発生により鉄欠乏が発生しているということは、酸化還元電位の観点からメタンが発生しやすい状況であると考える事ができます。


時々、集落全体で田の耕作放棄地を見かけますが、原因を調べてみましたところ、大半が老朽化水田であったということがありました。

メタンの発生量の削減を目的とした中干し期間の延長を検討する前に、無駄な施肥や農薬の散布を行わないようにする為の稲作の栽培方法の見直しを行うことが先ではないかと考えています。


追記

水田から排出される温室効果ガスの話題でメタンがよく挙がりますが、更に強力な一酸化窒素の話題が挙がらないのが不思議です。

一酸化窒素の発生源である硝酸態窒素を豊富に含む家畜糞の使用を控える方が有効ではないでしょうか?


追記2

水田から温室効果ガスのメタンの発生を心配するのならば、それを超える炭素化合物である腐植(二酸化炭素から合成された有機物)を投入すれば、メタン発生以上の二酸化炭素を埋没しつつ、イネの光合成の効率が高まり、イネの葉による二酸化炭素の固定量も多くなるはずです。

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