
京都農販日誌
稲作で鉄粉を散布するだけで窒素固定は行われるか?
2025/11/07


水稲で鉄粉を散布するだけで、鉄還元細菌による窒素固定が行われて窒素肥料の施肥の大幅な節約になるという研究報告を読んだのですが、そのような事は有り得るのですか?という質問がありました。
この質問をされた方は、窒素固定にはエネルギーを多く必要とするのに、水田に鉄粉を散布するだけで窒素固定が行われるのはイメージできないという事も添えていました。
この質問は水田の窒素固定のみではなく、施肥について考える上でとても良い疑問だと捉えていますので、丁寧に見ていくことにします。
はじめに水田 + 鉄粉で窒素固定についての報告について触れておきますと、東京大学で行われた研究になりまして、鉄で土を肥やす!低窒素農業 | 広報誌『弥生』 | 東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部でわかりやすくまとめられています。
冒頭では、鉄粉を散布するだけと記載しましたが、実際には稲わらのような有機物が有ることも重要です。
今回の内容を考える上で、水田にある分子間のエネルギー(化学エネルギー)の比較から見ていくことにします。
例えば、水田でよく話題に挙がりますメタン(CH4)について見てみます。
メタンは二酸化炭素(CO2)にエネルギーを与えて還元という反応を経て生成され、水田では頻繁に発生する反応になります。
この二分子が持つエネルギーを比較してみますと、
CH4 > CO2
になります。
エネルギーを考える上で、電子(e-)を見れば良いので、二酸化炭素からメタンになる時の電子の動きを見てみますと、
CO2 + 8H+ + 8e- → CH4 + 2H2O
二酸化炭素がエネルギー(e-)を受け取ってメタンが生成されています。
※電子がエネルギーと捉えて良くて、上の反応式では炭素Cがたくさんのエネルギーを貯蔵している事になります。
この反応は水田土壌にいるメタン生成古細菌(メタン菌)によって行われます。
水田での上記のメタン生成と似たような反応としまして、
H2SO4(硫酸) + 8H+ + 8e- → H2S(硫化水素) + 4H2O
の硫酸から硫化水素が発生したり、
HNO3(硝酸) + 8H+ + 8e- → NH3(アンモニア) + 3H2O
硝酸からアンモニアが発生する反応があり、どちらも水田で頻繁に発生している反応になります。
ちなみにこれらの分子のエネルギーの関係は
H2S > H2SO4
NH3 > HNO3
になります。
では、これらの反応の際に当たり前のように追加されていたエネルギー(e-)は何処からやってきたのか?と言いますと、

稲わら等の糖から出来た有機物を田の微生物が分解してエネルギーを得る際に一部のエネルギーが余りまして、そのエネルギーが上記の反応に利用されます。
このような余剰分のエネルギーは畑作では無視できる程小さいのですが、水田ではこの余剰分が膨大なエネルギーになり、この発生したエネルギーで簡易的な発電所が出来る程の量になります。
冒頭の質問の水稲で鉄粉を散布するだけで、鉄還元細菌は窒素固定を行う事が出来るのか?に対して、水田から自然発生したエネルギーで窒素固定を行う事が出来る事が分ります。
鉄還元細菌が窒素固定を行う反応は下記の通りです。
・有機物を分解して電子(エネルギー)を取り出す
・得られたエネルギーを鉄(Ⅲ)に貯蔵する(鉄を還元する)
Fe3+ + e- → Fe2+
・エネルギーを貯蔵した鉄(Ⅱ)を使って、窒素ガスを還元する
N2(窒素ガス) + 6H+ + 6e-(鉄が貯蔵していたエネルギー) → 2NH3(アンモニア)
※実際の反応はもっと複雑です
余談ですが、

稲妻(落雷)の日の後に稲の成長が良くなるのも、今回の内容と似ていて、稲妻のエネルギーで窒素ガスが窒素肥料になって降雨として田に降り注ぐことに因るものです。
※稲妻の場合は、窒素ガスが還元された後、速やかに酸化され、硝酸態窒素として降り注いでいる可能性があります。
今回の内容は稲作の酸化還元電位を考える上で重要になります。
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